バイクカルチャー覚書

オートバイの魅力はデメリットでもある。だから世間にアピールしにくい。スマートに、スムーズに走る、いわばスピードのイメージは、「暴走」という言葉にすり替えられ、還元され、世の中へ吐き出されることになる。

当然バイクのイメージは、ダーティな部分、汚れた部分だけが強調されることになる。こんなこといっているオレでさえ、バイクから一度降りてしまうと、自分の目の前を走っているバイクやライダーを無意識に反発の感覚で見る時があるからこわいのだ。

「OKUNバンド」というオリジナルバンドを組んでもう25年以上になる。仕事以外の「楽しみ」の部分だ。月に一〜二度のライブ活動が中心で、この日も六本木のスタジオへ、ライブ直前のレッスンに出かけた。後楽園を抜けると左手に神田川を見ながら外堀通りが走っている。

その日は朝からどうも「落ち込み」の状態で気分が悪かった。

飯田橋を通過した時のことだった。前に二台の白バイが道を塞ぐように並んで悠々と走っている。それまで、かなりのスピードで走っていた四輪もバイクも急にスピードを落として、追い抜くこともできず、二台並んだ白バイの後ろをチョロチョロとついている。ゆっくりとはいっても、法定時速四十キロの道を、十キロオーバー程度では走っている。

九段下あたりの交差点まできた。赤信号になった。その二台が気になるらしく、大小とりまぜて七〜八台のバイクは大人しく後ろに行列。普段なら原付二輪停止線を、横断歩道へ前輪ひとつ分はみ出すくらいの感じで利用している連中が、やけに元気がない。遅れてやって来たオレは、その光景が嫌だった。

白バイの威圧感と後方車の萎縮感の対照が鼻について仕方なかった。気がついた時には、二台の白バイの右側、真横にぴったりつけて止まっていた。白バイ警官がなんともイヤな視線をオレだけでなく、オレのバイクにも投げかけているのを感じた。とにかく無視だ。悪いことしてるワケじゃない。信号が青に変わるまでまっすぐに四谷方向を遠目で見ていた。

青に変わった。何だかこれだけじゃ気持が納まらない。そう思った時にはもう既に二台の白バイの前に飛び出していた。いま考えてみてもなぜそんなに自分がこだわってエスカレートしていったのかよく解らない。

二台の白バイの前で、オレは速度を五十キロから法定の四十キロに落とした。その時は嫌味なことをしたいなんて全然思わなかった。白バイの前をゆっくりと走るってどんな感じかなというごく純粋(?)な気持に近かった。しばらくすれば、両サイドから追い抜いて行ってしまうだろうと思ったけど、なかなか抜いていかない。

悪い癖なのかもしれないけれど、余裕のある道では、ギアを5速まで入れた後、左手をハンドルから話して運転してしまう。この時もオレは白バイを意識したのではなく、いつもと同じ気分で左手を話して左膝に置いていた。

「ガガーッ」どっかで聞いた音。そうそう拡声器のスイッチを入れた時、最初に発生する音だ。「来たな」と思った。

「そこの黒いバイクッ。コラ、手を離すんじゃない、手を。ちゃんと両手で運転しろ」

頭に来た。すごく乱暴な言い方だ。それにしても法的に片手運転を咎めている内容があったかなァ…。

スピーカーで急に怒鳴られたものだから、ビクッとしてとりあえず左手をハンドルへ戻した。しかし後からムラムラときた。大げさにいえば屈辱のような気さえして、こうなると妙に反発したくなってくる。

ハンドルへ戻した左手を再び膝の上に置いた。まだ先にゆったりとした道が続いている。しばらくはこの姿勢でライディングできる。

「ガガーッ。コラッ、言ってることが聞こえないのか、両手で運転しろっていってるだろ!」

ちょっとヤバい感じになってきたなとは思ったけど、こうなるとアトにひけないのが性格だから始末に困る。怒鳴られてモヤモヤした気分と、つかまるんじゃないかというドキドキの状態を、さてこの後どうなるのかという興味と、ごちゃ混ぜにして居直っている自分がわかる。バイクを乗るには好ましくない状態だ。

それにしても横柄な言い方をしてくださる。もう少し丁寧に注意してくれたら、こんなにエスカレートすなかったのに…と、虫のいいことを考えながら走る。

ほらきた三度目。

「そこの黒いバイク、片手運転するな」

オレもバカだね、とうとう両手を離してしまった。もちろん直線コースでだ。

それにしてもアメリカンは安定がいい。両手を離した時にこそアメリカンの良さが解るんじゃないかと思えた。ヘタクソなオレの運転だ。そう長くは両手を離していられない。片手運転に戻した。

「止まれ、止まるんだ!」

やれやれ、サイレンまでは鳴らされなかったが、とうとう止められてしまった。横と前で包むように2台は止まった。オレより一回りデカイ二人にとり囲まれた時はさすがに鼓動が速くなった。

「オイッ、いってることが解らないのかよ」

「…」

「片手運転はやめろといってんだよ」

「…」

「おまえ、オレたちをナメてんだろ」

まるでチンピラと話してるみたいだ。そりゃ、からかったといわれればそうなる。片手運転が違反かどうかということで、その場で討論を始めればできなくはなかった。けれど何も話す気にはなれなかった。

「おまえみたいな野郎が一番イヤなんだよ。この馬鹿野郎が。学生か?」

学生にみられるなんてまだまだ若い。

「いいえ…大学で教えてます」

「ハハハ…ウソつくんじゃないよ!」

身分証明書を持っていたが見せる気にもならなかった。

「ちゃんと整備はしてあんのか? 改造してるんじゃねえか?」

改造は大嫌いだ。見りゃ解りそうなもんだ。

「おまえなァ、ちゃんと運転しろよ、ちゃんと」

おめえ呼ばわり、言いたい放題で2人はさっさと白バイにまたがって行ってしまった。今年の初めに池袋で、ネズミ捕りで世話になったあの丁寧な口調の警官が懐かしく思えたりした。幸いにも(?)違反はとられなかったが気分がスッキリしない。悔しかった。

ポリスが特別嫌いなワケじゃないし、彼らを恨むようなことをしたこともない。

オートバイが好きだ。だからこそ、オートバイに乗る人と乗らない人の間に出没する妙な「背反」、白バイ警官と一般ライダーの間に生ずるスッキリしない緊張関係、どれをとっても腹立たしいことばかりだ。

オートバイは、それを知る人知らない人、それを管理する人される人、そんな狭間にいる可哀そうな道具なのかもしれない…。

(1981年 「プレイライダー9月号」 掲載記事)

ESSAYS 大学教員時代の忙しい日々①へ