大学教員時代の忙しい日々④  コネは大切
4月16日 

近所にファッションデザイナーのヒロミチ・ナカノ氏が住んでいて、ショーの度に招待してくれる。
明日は「秋冬コレクション」の日。彼のショーはとても刺激的で、クリエーターとしては毎年、大きな収穫がある。
今回もとても楽しみにしている。

4月17日 ヒロミチ・ナカノ・コレクション

会場の目黒スタジオは開場前からすごい行列状態だった。それを後目にいち早くVIPルームへ(一般客はスタンディング)。

こういうときにコネは大切。自慢するわけじゃない。人脈あってのコネ。いい仕事をしたからこそコネクションが広がる。自分の実力でやったことは、こういう形でもしっかり自分に返ってくるんだ。

さて、今年のショーは、レースをはじめとした凝った素材が特徴的だった。去年よりクオリティが高かった。圧倒的なプロの仕事を見ることは異業種とはいえ、同じプロの醍醐味を味わえるし、幸福感を持つ瞬間だ。
ナカノさんの作品は素晴らしいと思う。彼はすごい。人間的なキャラクターで人気を博している部分はあるけれど、この世界、それだけでは通用しない。

ナカノさんとパネルディスカッションをしたことがあって、そのときに聞いたのだが、彼は今でも一日に何十枚、毎週何百枚というファッションデッサンをしていると言う。
どれだけ基礎とアイデアが大事かということを物語っているし、どんなに才能があろうと、何となく閃きで作っているわけではないということだ。これは我々グラフィックデザイナーの仕事とまったく変わらない。共鳴と脱帽をせざるをえない。

パーティーもそうそうたる面子だった。各界で活躍する人たちのパーティーにいろいろ出席させてもらっているけど、会場に入ったその瞬間でその人の人柄、仕事への意気込み、ときには未来を感じることがある。ナカノさんの未来がとても楽しみだ。

4月18日 大学にて

コレクションの翌日。なんと、ショーに招待したうちの学生5人が、研究室にお礼を言いにきた。目を輝かせながら。

普段、講義の中でもかなりいいこと言ってるはずなのに学生の反応は鈍い。ところがボクの個展を見せると、やはり彼女たちの見る目が変わる。デッサン・クロッキーを教えるときも同じ。いくら口で説明しても学生は納得しない。ところが、学生と一緒に描いてみせるとそれで学生は充分理解する。

学生が充実感を味わえる講義をちゃんと行えることは大前提だが、「この先生、ちゃんと描けるのかしら?」そう思わせてしまう教育ではダメなんだ。「俺のデッサンを見ろ!」という自信と、そして余裕。学生より圧倒的にうまいところを見せることが絶対に必要だ。

自分の仕事と大学の授業を別に考えている先生は、いる。ボクは若干疑問を感じる。なぜなら大学だからだ。自分自身の専門があっての教育だ。デザインの世界に身を置く者にとって「制作」こそ教育に反映すべきもののはずだ。そのことを忘れた教授が多いのも事実だ。大学の先生はもっともっと個性を持っていいんじゃないかとボクは思う。

大学の教育は大学の中だけではダメ。そのことをナカノさんのお陰で実感した。

5月中旬

うちの学生から電話で「卒業後、専門学校へ行きたい」という相談を受けた。大学から専門学校へ、またその逆も、ときどき相談を受けることがある。

傾向としては、専門学校生はより専門性を求めて大学へ行きたがる。大学生はより実際のデザイン業務と近いところへ行きたがる。どちらも理由は同じ。「専門性」なんだ。

けれども大学と専門学校の違いとは何か?大学には一般教養科目というものがあり、中には人間教育も含まれる。専門学校は、専門職に就くためのダイレクトな教育を行うところだ。ところが実際は、どちらも社会に出てからの差はほとんどない。デザイン事務所に入ったとすると、同じ程度に即戦力にはならないんだ。

今の学生は学校を選ぶときに表面のパッケージで学校を選んでいる。どんな授業内容がどんなふうにコーディネートされているかを調べることがまるで欠如している。これから受験生は、大学生も、「どこの大学で」じゃなくて、「何を学びたいか」という根本的なことをもう一度考えてみる必要があるんじゃないか。

(1988年 旺文社「月刊私大蛍雪4月号」掲載記事)