DRAW-UP

Draw-up(ドローアップ)—学生たちと探った「いかに描かないか」—

(2016年 桑沢デザイン研究所 研究レポート「Draw-up(ドローアップ)」より抜粋)

ドロー(ドロウ)の意味は「引く」、「引っ張る」、「引き寄せる」などである。もう少し具体的な例文等を見てみると、

■「draw a wagon」…荷車を引っ張る
■「draw a curtain」…カーテンを引く/カーテンを開ける、閉める
■「draw a person」…人を脇に引き寄せる
■「draw money from one’s account」…口座から金を引き出す
■「draw to an end」…終わる

drawには動きがたい対象への動き、あるいは重いものを苦労して引きずっていく感じがある。また、drawにはくみ出す、くみ上げるという意味もあり、「Please draw some water from the creek(小川から水をくんできてください)」などがある。他には「draw one’s gun(銃を抜く)」、「draw lots(くじを引く)」、「draw a person’s attention(人の注意を引く)」、「draw a conclusion(結論などを出す)」、「draw tears(人の涙を誘う)」、「draw a bow(弓を引く)」、「draw on a person for help(人に援助を求める)」などがある。

そして、今回の所作の意味は「絵を線で描く」、「スケッチする」「デッサンする」などがあり、「draw a circle(円を線で描く)」などが良い例である。

前述した「draw」の使い方も、多様なため一見脈絡がないように思えるが、どのセンテンスも向こう側からこちらへ何らかの方法で引き寄せる動きがあることが解る。

何らかの描画材料で平面をなでたり引っ掻いたりしながらそれぞれの描画材や紙により、違った軌跡を残していくことになる。そういう意味で、絵や図を線描で描くという行為として「draw」は一番適した表現だと思う。そしてこのトレーニングで重要なのは、力の入れ方である。かなり力を入れて線をぐいぐい押し込むように描いたり、思い切り力を抜いて紙の表面をなぞるように描画材を滑らせたり、その中間の力具合でドローすることも独特の筆跡を残す。これを学生たちに指導する時に、大きな力を加えた線と殆ど力を入れないで表出した線を、別々のものにしないでどう繋げていくかを一緒に研究していくことになった。太さの違う線を滑らかに自然に馴染ませていくことにより、そのドローイングに豊かな立体感と自然な輪郭線が生まれる。

ドローイングは幾つかの力を入れた線、細い線と垂直にぶつかる線、細く平行に走る2本の線など様々な線描により抑揚のある画面をつくることができる。

時には新しい線を引くためには、さっき引いた古い線を忘れることも必要になる。そして、太い線と細い線の使い分けはかなりの枚数を描いたあとに理解してくると思う。そしてその太い線から細い線に滑らかに繋がっていくためには、さらに相当数のドローイングが必要になってくる。

ドローイング生活の1年間


年度の最初の授業で「ドローイングやってみたい人」、「ドローイングが描けるようになりたい人」と声をかけて募集する。1クラス50人のうち、最初は20人以上の学生が意気込んで参加する。毎週30枚、手・足を中心にいろいろなテーマを設定する。手・足を出題するのは、花や花瓶ややかんなどでモチーフを組んだりする手間は面倒くさくて、やりたくなくなってしまうからだ。

自分の手と足はどこに行くにも自分に付いてくる。ちょっと目を動かせば自然に目に入ってきて足を投げ出したり肘をついたりというように鉛筆と紙があれば、いつでもどこでも描けるモチーフだからである。また、毎週30枚という、多めの量だがいずれ1枚1分程度で描けるようになることを考えれば一週間に30分から1時間程度の時間をとることはそんなに難しくないはずである。1枚に1分、その短い時間でいかに豊かな線を引けるか。しかしこの豊かな線は他人の線ではない。自分にとって美しい線を見つけることだ。

毎週、学生が描いて来たドローイング30枚は持って来たその場で私の独断と偏見と感で、「良い」「悪い」に振り分けていく。

最初の1、2回に学生たちが持ってくるドローイングはとにかく酷い。線が硬くギクシャクしていて、短い線でビクビクと描いている。いわゆる「ためらい線」ばかりだ。

どれだけ伸びやかな線を描くか、どれだけ描かないで表現出来るか。それを知るまで描いてほしいと学生に言う「今日。私の気分と感と造形体験によって選んだから、明日は幾分違う物を選ぶかもしれない」「A先生が選ぶ良いものと、B先生が選ぶ良いものと、私が選ぶものは違うだろうしそれでいいと思うよ」

こうして1年も半ばを過ぎると、20人以上いた学生は半分以下になり、年度末には3〜4人しかドローイングをしなくなる。そしてこの淘汰されなかった3〜4人の学生が頭角を現すことになる。

夏休みあけから勢いをあげ、あんなに下手くそだった学生らが見事な線を引くようになる。1週間に30〜40枚で、夏・冬休みの宿題を含めれば多い学生なら1年間で1000枚近いドローイングをしたことになる。これは凄いことだ。これでうまくならない訳がない。

「量は質に転換する」とにかく酷いドローイングでも良いから、続けること。学生は1年続けたことで、かなりの自信を持つようになる。そしてドローイングに味をしめたほんの一握りの学生が、2年、3年と授業の合間に描いたドローイングを持って来てアドバイスを受けにくる。学生は身につけた観察力と伸びやかでためらいのない描画力をもって他の課題にも生かせたと言ってくれる。3年間ドローイングを続けた中国の留学生チョウさんは家の棚にドローイングして積み上げた紙が70cmになったと言っていた。ドローイングの地層が出来た。

ドローイングは対象を観察し、美しい線を探し引っ張り、そしていらない線を出来るだけそぎおとす作業。ドローイングはどれだけ描かないで描くか…これが私たちのドローイングだ。

ドローイングの指導をはじめて6年以上が経った。毎年、年度末に最後までドローイングを続けた学生たちはリング式製本機で自分たちの作品集をつくる。中にはまだまだへたくそなドローイングも含まれているが、その成果は立派なものだ。学生たちは、制作したドローイング集に何か答えを感じているのがわかる。よくぞ一年間ドローイングを続けたと褒めざるをえない。

「先生は今までに何枚くらいドローイングを描きましたか?」

「そうだなぁ、2万枚は描いてるかな。でも私より巧くなる方法があるよ」

「えっ、どうすれば先生より巧くなりますか?」

「20001枚描けばいいんだよ」

(2016年 桑沢デザイン研究所 研究レポートより)

桑沢デザイン研究所学生作品