湘南ボーイになりたくて

19月 - による Author - 0 - ART WORKS DRAWING ESSAY

 

湘南に暮らして20年以上が過ぎた。それも、実に伸び伸びとした20年以上が過ぎた。この年月は早かった。東京で生まれて、東京で30年も生活してきた男が、突然湘南ボーイになりたくて、引越してしまったのだ。

仕事柄、どこに住んでもいいのだが、とにかくミーハーな私は、イメージ優先で家を探し始めた。それも六本木のマンションにするか、湘南の一戸建てにするかで迷うという、普通では考えられないような物件選びだった。

 

私は決してブランド志向ではない。着る物もアウトレット商品だったり、ディスカウントだったり、工場直売だったりするし、立ち食いそばで満足という程『食』に無頓着だから、グルメでもない。ところが、事イメージに関しては一歩も譲らない。つまり自分のライフスタイルを気分良くしてくれるイメージには、やたらこだわる訳である。

私は最終的に、西麻布の交差点の当時築30年のマンションと茅ヶ崎の小さな一戸建ての2つに絞り込んだ。さあ、どちらの物件が、私のライフスタイルを輝かしく、カッコ良くしてくれるだろう。

西麻布のマンション…いいねェ、シティボーイの匂いがする。近くには最先端のバーやスポットが溢れているし、高感度の人間もウヨウヨいる。仕事もやり易い。それに『いい女』もいっぱいだ。色々な情報がすぐに手に入るのも魅力的だ。

さて茅ヶ崎の一戸建て…とにかく土地付きだ。それに海まで4分、自然もたっぷりで最高の環境。東京までだって1時間足らずで行ってしまう。でもいい店が少ない、仲間にすぐに会えない。ましてや、いい女になんてなかなか出会えない。海の側の可愛い家も素敵だが、六本木のネオンに飾られたトレンディな毎日も捨て難い。こうして私はしばらく悩んでしまった。

 

ある日、私はラテン・アメリカに居た頃の事を思い出した。20代の頃、私はラテン・アメリカに2年暮らした。日本でデザインの仕事を始めた頃、色々な現実に直面し、デザインそのものに失望しかけており、周辺の様々な事が見えなくなっていた。そんな折りに、外務省で、中米派遣のデザイン教員を募集しているのを知った。大学でも劣等生だった私は、どうせ無理だろうと思いながら開き直って、その試験を受けた。偶然にも合格してしまった私は、考える暇もなく中米へ渡った。日本のほぼ反対にある中米諸国、そこに2年暮らすことになった私は、日本からの情報が切れる事、ましてや日本のデザインの世界から取り残されるのを覚悟した。大袈裟にいえば、日本との縁が切れるとさえ感じていた。

ところがどうだろう、滞在半年目から、頭の中がスッキリするように、日本の様々な事が見えて来て、また日本に居る時はよく解らなかった内容が理解出来たりした。日本からの情報といえば、大使館を通しての数少ない雑誌、新聞やビデオだった。その少ない情報の中から、様々な内容を知るというよりは感じるのだった。日本とのデザインワークも、手紙、電話等の少ないコミュニケーションで、充分に密度の濃い処理が出来た。

いったいこれはどういう事なのだろう。情報が充分に溢れる環境の中に居るより、情報の外から必要なものをセレクトする方が、無駄がないのではないだろうか。人間は、恵まれた環境の中に居過ぎると、鈍感になるような気がする。そして細分化され過ぎた情報から選んだ情報は、味付けする透き間が無いから、選んで終ってしまうけれど、少ない情報は、選んでからクリエイティブに味付けする事が出来るのである。

ラテン・アメリカの経験は、私の物件選びを大変捗らせた。私は湘南の家を買った。そして湘南から東京を、実に客観的に冷静に、クリアに観察する事が出来た。仕事も減り張りがつき、ゆったりとプライベートを過した湘南から、一時間グリーン車に揺られるうちに気持ちを切り替えて東京の仕事場へ向かう。こんなバランス感覚がとても気持良く、毎日を過している。因みに湘南には東京の『いい女』達も、その居心地に憧れてよく遊びに来る。