時計のない国

19月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS ESSAY PRODUCT

 

「時計のない」国に二年と一ヶ月いた。時計がない?のだから解らないはずなのだけれど、長いようで短い二年だった。時計のない国の人びとは、時計が必要ないのにそれを一番欲しがる。

私は三コの時計を時計のない国へ持っていった。一個は二年使い倒して、向こうで一番親しかった女の子にあげた。彼女は私のあげた時計より数段良いデジタルウォッチをしていた。次の一コは安いせいもあって、しばらく使っていたら止まってしまった。捨てようと思っていたら、私の教え子が、かっこうがいいから動かなくても填めていたいというので譲ることにした。しかし私もずるかったので、教え子から五百円も巻き上げてしまった。

三コめのは、しっかりと覚えていないのだが、飲み屋へ行った時に外してそのまま置き忘れたのだろう。街でその時計をしている女の子に声をかけられてはじめてその時計の所在が解ったのだけれど、その女の子が果たして店の子だったのか、私のどういう知り合いだったのかをはっきり覚えていないのである。ただ、その時計を返してくれと言うことは出来なかった。そういう訳で私の三コの時計は今でも多分この国に、動いていようと、いまいとあると思う。

時計のない国では、時計がそこらじゅうに、安いものからいいものまで売っているし、多くの人々が時計をしている。

最初に何度か時計を持たない人と待ち合わせの約束をした。どれもすっぽかされてしまったけれど、時計を持たないのだからしかたがないという理由を自分でくっつけて納得することで済ますことができた。

次に何度か、時計を一応している人と待ち合わせた。またどれも約束の時間には来なかったり、すっぽかされたりしたけれど、その時計が動いているかどうかを確かめなかった自分が悪いということでケリをつけた。

次には、その時計が動いているかどうか、それだけでなく、自分の時計と見比べてその時計が合っているかどうかを確かめてから約束をした。しかし、一度もきちんと約束は守ってくれなかった。教会はそこらじゅうにあり、鐘が割合にきちんと定刻に鳴るのであるから、時計がなくても時間の見当はつくのである。

「ちゃんと時間をみているのか?」

「当たり前だ、時計は時間を見るものだ」

と誰もが言うのである。私は不思議に思って、しばらく彼らと時計の関係を観察してみることにした。ようやくナゾが解けたのである。彼らは時計の針(デジタル時計なら数字)を見ていたのではなく、時計をみていたのである。つまり彼らは腕に填めている時計を、まるで指に填めている指輪のように眺めていたのだ。

彼らのアクセサリーであり、ステータスシンボルのひとつが時計であるとは気がつかなかった。だから私の教え子は、壊れた時計でさえ、それがかっこ良ければお金を出してでも欲しかったのである。動くかどうかというのは次の問題なのだ。私の使いものにならない時計は、たまたまデザインが普通のものより良かったものだから私も捨てるかわりに、五百円儲けることが出来た。

 

ある日私は、アパートの近くのレストランへ昼食をとりに行った。昼時だったので少し混んではいたが、すぐ食事が出来ると思って入った。あいかわらずウエイトレスは、つまらなそうな顔をして注文をとりに来た。

「すぐ出来るかい?」

「わからないわ」

「わからないって…急いでるから、悪いけれどコックに聞いてきてくれよ」

持っていたチョコレートを一枚渡して頼むと、彼女はニコニコしながら厨房へ聞きに行った。

「十五分くらいで出来るって」

「わかった、どうもありがとう」

簡単なファーストフードを出すような店なのに随分時間がかかるなとは思ったけれど、まあラテン・アメリカの十五分は、日本の数分だと考えることにして、待つことにした。

二十分経った。予定の時間五分オーバーだ。しかし、五分くらいは日本でも遅れるから仕方ないともう少し待つことにした。

三十分経った。倍の時間待たされた事になる。ちょっとイライラしたが、店を変えるのも面倒なのでもう少し待つことにした。

四十分経ったが、ここまで待ってしまうと多少気抜けしてしまい、あともう少し待ったって同じだという気になる。それにウェイトレスにチョコレートまであげて、気分良くメシを食おうとしたのだから、何としてでもここで食べていきたい。

とうとう一時間経ってしまった。途中で二度程怒った調子で「まだか?」と尋ねたが、もう怒る気持ちも消えて、お腹が空き過ぎているせいもあって悲しくなって来てしまった。

一時間五分もしてやっと料理が届いたが、それを見た途端、食欲もなくなってしまい、約束の時間も気になったので食べずに金を払って出た。

妙な空腹のまんま、約束の場所へ急いだ。中米のデザイナーたちとの仕事の打ち合わせだった。レストランでの時間のロスと、バスのタイミングが合わず、私は約束の場所に十分遅れて到着した。

「アキラ、何をやってる。十分も遅刻だぞ」

「もう話は進んでるんだ。ダメじゃないか」

最初に彼らから聞いた言葉がこれだったので、私はいっぺんで気持ちが沈んでしまった。そして、何とも複雑な気持ちだった。彼らデザイナーは中米人の中でもインテリで、社会的地位もあり、しっかりした人たちだったので、確かに彼らに約束をすっぽかされたりした事はなかった。だから十分遅れて、彼らに責められてもおかしくなかった。けれども、いつも中米人に約束を破られてばかりいて、彼らに説教をしていた本人が、逆に同じ事で叱られたものだから何とも酷く傷ついた。その日の打ち合わせは何ひとつ頭に入らず、アパートへ戻っても夕食をとる気にもならず、ふて腐れて寝てしまった。