新聞少年

318月 - による Author - 0 - ART WORKS ESSAY 木版裏彩色

 

「ESTUDIO」…和紙に木版・アクリル絵具による裏彩色 297mm x 210mm 2011年

どの国にも新聞はある訳で、この国(ホンジュラス)にも主なもので四つ浮かぶ。名前をあげると、北部のニュースをうけもつ「プレンサ」、全国版と銘打ってはいるが北部のニュースをちまちまと取り上げている「ティエンポ」、首都テグシガルパのニュースが主な「ヘラルド」と「トリヴナ」。以上の四紙である。私はこの中では「ヘラルド」紙が気に入っている。

 

私は、この国で二度個展を催す機会に恵まれたが、この国はとにかく平和なのか、それとも記事がないからか、私の個展の記事は大々的に「この国で初めての日本人の個展!」などという具合に四紙すべてに載った。

ひどいのになると「この国で初めての中国人の個展!」などというのもあったけれど(そう書いたのは、確か「ティエンポ」だったので、私はこの新聞が嫌い)、とにかく良い宣伝になり、個展は二度とも成功だった。これらの新聞には本当に感謝した。

この国の新聞、やっぱり記事がないのだろうか。四紙すべてに、それも大きく私の展覧会の記事が載った訳だが、その中でも「ヘラルド」紙はなんと、個展開催初日までの間、週一回のペースで三回も載せてくれたのである。だから私は、この新聞が特に気に入っている。

さて、この新聞、どんな具合に売られているのかというと、もちろん配達などはない。約束を守らない国である。月極めで新聞をとることなど出来ようはずがない。

そこで登場するのが新聞少年だ。まさに新聞少年で、オジサンや、女の子も時々はいるが大半は七歳から一五歳くらいまでの少年である。朝七時ともなると、彼らは新聞を小脇にかかえ、街へ散ってゆく。私は、彼らが七時頃になると街中に現れ、夕方六時くらいまでは仕事をしているようだということは知っていたが、それ以上のことは何もわからず、またそれほど興味もなかった。

しかし、ある日ふとした気紛れから、また時間を持て余していたこともあって、「新聞少年の一日」を追ってみることにした。それには、まず手始めに彼らが新聞を受け取る場所から探さなければと思い新聞社へ問い合わせることを考えたが、その必要はなかった。

私の仕事場である美術学校への通勤路の途中に、この国でも大きいチョルテカ川にかかる橋がある。その橋の下は乾期ともなると広い川原になるのだが、そこで新聞の荷解きをしたり枚数をかぞえたりする数人の大人たちと、それを囲むようにはしゃぎまわっている子供らをみつけた。

毎日のように歩いて通っていた橋なのに、タイミングがいつも悪かったのか、それとも今までは興味がなかったから、見ていたのに注意していなかったからか。ともあれこの時はじめてみつけた気分だった。彼らの様子は、遠くからでも手にとるようにわかった。

 

「MUSICA」…和紙に木版・アクリル絵具及び一部カラーインクによる裏彩色 297mm x 210mm 2011年

新聞少年のタイプは、幾つかに分けられるようであった。ひとつは、数人の年上の兄貴分というか親分がいて、彼ら少年に新聞を分けて手分けして売らせ、ノルマを達成させるのである。当然、実際に売る少年たちの実入りは少なく、多くは親分のフトコロへ入るということになる。もっとも、少年たちの収入は安定していそうだ。これを、安定型とでも言っておこう。

次が独立型。文字通り一人の少年が新聞の買いつけから、売り場の開拓、販売まで独立してやる。これは一番大変だ。多くの少年がこれだが、新聞を買いとってしまうのだから売れ残り、つまり返品はきかない。

夕方五時頃になると彼らの顔色は変わり、「プッレンサー」とか「ヘラルドオー」という呼び声もひときわ高くなる。新聞の卸値はわからなかったが、定価はどれも二五円程度。しかし、夕方になってくると彼ら独立型は、ヤケになるのか二〇円とか一五円とか、ひどいのになると五円などと叫んで投げ売りする。

街中を歩きながら売ることもあるが、多くは街ごとにあるセントラルパークで立って売ったり、腰をすえて新聞を並べて売ったりしている。腰をすえて売っている少年らには、どうやら縄張りがあるらしく、セントラルパークの同じ場所には、いつも同じ少年がすわっている。

最後に、気紛れ型というのがある。彼ら新聞少年の多くが、新聞を売ることで食べている。あるいは、家族を養っているという逞しいのもいる。だが、中には新聞売りで食うかどうかは別にして、新聞でも売ってみるかという気紛れがいるのである。気紛れでやるわけだから、過去の実績がない。従って当然プロの新聞少年からは迫害されることとなる。縄張りも持っていないから、フラフラと売り歩くことになる。この新聞少年の多くが、車道へ進出してゆくのである。信号待ちをしている車をみつけては、車窓に首をつっこみ、「買ってくれ、買ってくれ」とやる訳だ。この気紛れ型も段々と定着しつつあり、車道での縄張り争いもいずれはおこるだろう。

こうして夕方六時くらいまで、ある時は八時、九時まで、新聞が売れるまで頑張る。

ある日私は、暇を持て余して、自分の売りものの新聞に目を通している新聞少年に声をかけた。

「何が書いてある?」

「わかんないよ」

「じゃ、どうして読んでるんだ?」

「写真を眺めている」

文盲率四〇パーセントぐらいのこの国では、新聞を売っている多くの少年が新聞を読めないのである。