刺(とげ)いっぱいの球になれ(大学教員時代の忙しい日々⑨)

258月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS DRAWING ESSAY

 

●8月6日 「私大蛍雪」対談で関西へ

どうしても震災後の現状を見ておきたかった。イベントや個展で救済の手伝いはしてはいるけれど、その後の現状を見ないことには始まらないと思ったからだ。

まったく何事もなかったようなガード下の商店街を抜けて、外へ出て傾いたままのビルを見つけた。その両隣はなんともない。そのとき、初めて「ああ地震があったんだ」と実感した。

そんな風景が神戸の街に不似合いに交互にあって、人間の生活の中での傷の深さと、復興の意味をつくづく考えさせられた。

地震から数か月後に行ったときはすべてが傷跡だから、感覚として1時間もいると麻揮してしまったが、そのときよりも寒気に襲われ鳥肌が立った。

事実を確認するためには、直後を見るのも必要だけど、時間をあけて見てみることも必要だ。すべてが傷跡の物を見るより、傷がある程度は癒えたとは言え、傷跡と復興が同列に並んでいる状況を見るほうがどれだけ大事か実感した。

神戸の今を胸に収め、宝塚に向かった。

 

●8月7日 嶋本先生と対談

嶋本昭三先生は現代アートの巨匠だ。本物のアーティストだ。16〜17年前、西武百貨店で嶋本先生が企画したメールアート展に依頼があって、参加したのが先生を知るきっかけだった。メールアートの説明は次回にでもするとして、そのとき以来、雑誌の写真でお互い顔は知っていても、なぜか会う機会がなかった。

会うまでは、正直言うと、あれだけ精力的に活動しているのだから、気に障るくらいの自己顕示欲が自分以上にある人だろうと思っていた。ところが、自分の存在をサラリと、しかもきっちりと相手に伝えられて、逆に強力な印象が残った。

人間がまるくなるということは、角が取れることではない。ギンギンにとんがった感性をたくさん身につけていることだ。尖った部分が少ないと痛くて触れないが、栗の刺と同じで、多くなれば多くなるほど持てるようになるものだ。20数年後、ボクはああいうふうになっていたい。

 

●メールアートについて

先日の対談でご一緒した宝塚造形芸術大学の嶋本先生とは、メールアートの交換を通じて親交を深めてきた。大々的に日本に紹介したのは嶋本先生で、日本の第一人者だ。

さて、メールアートとは何か?一言で言えば、そのままだけど「郵便芸術」。手作りした作品を郵便で発送する「アナログなインターネット」みたいなものだ。それともインターネットがデジタルな郵便なのか?それはともかく、こんなアナログなものはない!

ただし本当のインターネットは絶対かなわない。だって本物がくるんだもの。作るにしても送るにしてもインターネットほど安易じゃない。中には靴やスルメをそのまま送るなんていうのもある。重量やサイズをはじめ、郵便規制という面倒な手続きと戦った末に、初めてアートになる。

ところで、絵画とか美術作品を見るのは展覧会しかないというイメージがあるが、展覧会だけが作品の発表の場ではない。メールアートに共鳴した理由はそこにある。

展覧会は個展の案内ハガキを書くところから始まっている。ボクの場合、国外も含め5千から1万の宛名書きをする。作品が載ったハガキからすでに展覧会が始まっているわけだ。個展会場からかなり離れた所へもハガキを出すし、もちろん全員来るわけないけれども、1枚のハガキの作品からボクの個展をイメージしてくれる。そしてそれがたった50円でできる。これは表現の美学でもある。