「視点」と「視野」

48月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS

 

プラスティック粘土による立体イラストレーション(月刊誌表紙、協力:ダイセルクラフト(株))

我々の先輩に、たいへん著名なイラストレーターがいます。彼の作品の中で好きな話しがひとつあります。

彼が小学3年生ぐらいの時に、可愛い新人の先生がいて、彼は恋をしてその先生にラブレターを渡そうとするんです。するとその先生は上手な断り方をするんです。

 

「せいぞう君、君が私と同じくらいの身長になったらその時受け取るから、大切にとっておいて。」

 

その後、せいぞう君は大学生になって、身長180cmの格好良い青年になって登場します。彼は可愛いガールフレンドを連れて公園を歩いているんですが、純情な彼はまだ彼女に「好きだ。」と告白していません。今日こそはと思いながら公園を連れ立って歩いていると、噴水を見つけます。噴水はよくその囲りが30cm〜40cmの高さで座れる様になっていたりします。彼はそれを見て、何故か昔好きだった先生の言った事を思い出したんです。

彼が身長180cm、彼女が150cmそこそこ。彼は彼女を抱きかかえて噴水の台座の上に乗せて、同じ目の高さにして「好きだ。」と言うのです。つまり、彼は「好きだ。」というコミュニケーションをとる為に、同じ目の高さにした訳です。つまり、相手にものを伝える時には同じ目の高さの方が効果があるという事実です。

これは、日常色々な所にあります。例えば、最近は若干変わってきたかもしれませんが、日本のお母さんとアメリカのお母さんの叱り方は違うなと思いました。

アメリカのお母さんは子供を叱る時、しゃがんで子供と同じ高さになるんです。そして子供の肩に手を置いて、「そういう事をしたらいけません。みんなに迷惑がかかるから。」という様に、子供であろうと理由をきちっと言って止めさせます。すると、子供も同じ視点からのお母さんからのコミュニケーションをしっかりと理解します。

日本のお母さんは、いきなり頭ごなしに叱って、子供は怖いから一瞬止めます。でも、しばらくして怖いのを忘れてしまうと、叱られた理由が分かりませんから、また同じ事をする訳です。これではコミュニケーションが全然とれていません。視点というのはこんなところから考えていってはどうでしょうか。

もうひとつ、a・b・cの視点があってbが正解なら、aやcから見たらどうだろうかという間違った視点からの見方というのは普通しないんですが、これも大切な「視点」なんです。これが発想を広げる源になります。

図1:10℃を正確に読みとる為には、10℃の高さ(b)まで目線を落とさなければならない。しかし、不正解の「a」や「c」で見てみる事も大切であり、面白い。

さて、今度は「視野」について話します。

視野の広い人というのは、どういう人なんでしょうか。それは「自分がどこまで経験を積んでも視野が狭いという事に気づいた人」だと思います。

人間はどこまでいっても視野が狭いに決まっているんです。人間は一生かかっても全ての経験を出来る訳ではないのです。でも、それに気がつかないものです。

結構、色々な事を経験したと思っていても大したことはないのです。色々な事をやって「私は視野が広い。」と思った人程視野が狭いのではないでしょうか。

 

●先入観は「発想」の天敵

図2(左)、図3(右)

それでは、ここで皆さんの視点にまだまだ柔軟性がなくて、視野が狭いという事を実験してみたいと思います。図2はある立体ですが、真上からと正面から見た形です。この図を見る限りでは、中央がへこんでいるのか出っぱっているのか解りません。どちらかというとへこんでいる様に見えます。しかし2つの図をあわせた立体であるとすればどの様なものでしょう、見取り図で描いてみて下さい。

…と言った時に殆どの人が腕を組んで頭で考えようとします。これでは絶対に答えは出ません。発想の原点は、何でもいいからまず手を動かす事です。頭だけで考えようとしたらぜったいに答は出ないのです。何を描いていいか解らなかったら、この与えられた図形を写してみる事です。人間の身体はうまく出来ていて、手は脳に繋がっています。手を動かすと脳がよく動く様になるんです。それから、考える時に隣の人とブレーン・ストーミングをしましょう。喋る事も発想を豊かにする方法です。では、そろそろ解答を描きましょうか…。

この時すぐ「ハイ。」と言ったら駄目ですね。「もう少し考えたい。」という執拗さが大切です。図3が正解です。どうでしょう。この問題を小学生に出すと10人中5人位が正解を出します。それは彼らに先入観や偏見がないからです。経験を積んだ我々は、時として何も確かめずに憶測で決定しがちです。皆さんはこの図形を見た時に、既に平面だと考えてしまうんです。これがまずいんです。平らな面という先入観から入っているからなのです。

 

もう一つ問題を出します。正面から見た形と真上から見た形が、全く同じ立方体があります。さてどんな形の立体でしょう。これは答えが幾つか考えられます(図4、図5)。

図4(問題)

 

 

図5(解答)

 

●発想が「金」を生む

図6

さて最近長距離の列車に乗った人はいますか? トイレの横に水飲みの機械があって、紙コップが置いてありますね。普段は平らですけれども、指で押して広げると、コップになりますね。発想の転換ですね。これを考えついた人はかなりお金になったと聞きます。本当にちょっとした事で、発想はビジネスに結び付いて来るんです(図6)。

 

図7

ここでもう一度皆さんにやってもらいたい有名なクイズがあります。それぞれ手元にある何の変哲もない白い紙一枚で〔天国と地獄〕を表してみて下さい。深く考えないで下さい。思いついた事を、すぐ自由にやって下さい。自分のイメージを、およそ紙で簡単に出来る加工方法で表現すればいいんです。例えば、破く、くしゃくしゃにする、折る、まるめる、扱く、引っぱる等々です。さて完成したこの方の〔天国と地獄〕をよく見て下さい。皆さんは美術館などへ行って、現代美術に触れて、「よく解からない」と言っていますね。この方の紙の表現を、アルミステンレスに素材を換えて、数メートルのサイズに大きく作りなおして、近代美術館あたりに「天国と地獄」というタイトルで設置したら、これはもう立派な現代抽象彫刻です。要は、現代美術というのはそういうものなんです。つまり〔天国と地獄〕というイメージで造形された訳で、紙での作業は、つまり現代彫刻のエスキース・マケットになったのです。抽象的なものも、こうして解釈すればそんなに難しいものではない筈です(図7)。

 

図8

それでは、また新しい紙を出して下さい。これから皆さん御一緒に同じ作業をしてもらいます。この「一枚の紙で天国と地獄を表す」というクイズは、アメリカの保険会社が懸賞問題で新聞に出したんです。正解というのはありませんから、一番面白い作品に300万円の賞金が出されたんです。そしてあるアメリカのサラリーマンが、今皆さんが行った様な方法で、1枚の紙から十字架(天国)と「HELL(地獄)」という文字を作り出すという答えで、賞金を獲得しました。こんなクイズで300万円もと思われるかもしれませんが、彼はこの答えを出す為に800枚もの紙を破いたり折ったりしたそうです。そして800枚目くらいに突然目の前が開けるように、この答えが出てきたそうです(図8)。つまり発想というものはそういう事なんです。また、クリエイティブという事もそういう事だと思います。プロのコピーライターは一行で数百万円も稼いで楽だという人がいます。しかし光る一行を出す為に数百のアイデアを考えているのも事実なのです。

世の中には努力とか根性というものがありますが、一流のプロ達はそういう意識ではなくて結果的に努力なんです。数百ものアイデアを面白がってやってしまった訳です。だから〔天国と地獄〕のクイズで800枚もの試行錯誤の末に出て来た答えは光っているし、300万円の価値は充分にあるでしょう。つまり、人間が色々な内容の中から新しいイメージを摑む為には、やはり数をこなさなければ駄目なんですね。数をやって突然、奇跡のようにこういうイマジネーションが出てくるのです。別に、苦行僧の様に辛い思いをしてという意味ではなく、何かひとつの事を興味を持ってどんどん進めていくうちに、こういう答えが飛び出したところに意味があります。

 

●常識の意味

皆さんはそれぞれの分野でスペシャリストだと思うんですが、生活をしていると大方の人々は、常識の壁を越えられずに一生を終わります。これは生きていく上で別に問題はありません。悪い意味ではなく、こういう人を凡人と言うかもしれません。しかし少なくとも、クリエイティブな仕事、あるいは面白い事をやっていく為にはこれでは旨くいきません。常識の壁を越える事、これが発想やアイデアに繋がります。しかし大切なのは常識の壁を越えたままでは駄目で、また常識に戻れる事、これが本当の発想・アイデアです。常識に戻れないものは世の中で使えないという事ですから。こういう事を先天的に出来る人を天才と言うのかもしれません。しかし天才はほんのひと握りです。でも後天的天才になる方法が皆さんにもあります。それは天才に追いつき追い越す秀才です。そして秀才にはどうやったらなれるか―。

簡単にいうと「800枚」という事です。

図9

さて天才・秀才に近いもうひとつのタイプがあります。それは狂人です。狂人は常識から飛びだした大変面白い発想をします。しかし、天才と違って常識の世界に戻れない。つまり世の中に受け入れられない為に狂人扱いされる訳です。これは発想とは言わず「妄想」と言います。しかし「天才と狂人は紙一重」とは良く言ったもんです(図9)。

 

では最後に〔美しさ〕という観点からお話しします。資生堂の仕事をしていた関係で、人間の美しさという事をよく話すんですが、仮に美しさの度合いである「美度」というものがあったとします。人間、特に女性は18歳くらいまで細胞が活性化されていて活発に動くから、何もしなくても皆綺麗ですね。しかし、お肌の曲がり角が25歳というのは嘘だそうです。もう18歳からは崩壊の人生で、細胞はどんどん死んでいき、25歳くらいでガクンと落ちるそうです。このガクンと落ちたところを人間は格好をつけて「スランプ」と呼びます。

しかし「スランプ」という言葉は、簡単に言うと「ブランク」なんです。そういう時人間は、何とか引き上げるパワーを持っていて元に戻せるか、それ以上のレベルまで持っていく事が出来ます。そして暫くして、また落ち込むんです。私の場合でいえば、制作後の欲求不満であったり、劣等感に苛まされたりする訳です。つまりこの、引き上げと落ち込みを人生の中で繰り返しているのです。ガクッと落ち込む事はあっても〔メンテナンス〕=〔管理〕をきちっとしていると、少しずつですが、確実に前よりも評価が上っているんですね。そうすると80歳くらいで素敵なおじいちゃん、おばあちゃんになる訳です。彼らは、人生の中でこの〔メンテナンス〕の繰り返しをしっかりやって来たんだと思います。

図10

何となく生きていると、どんどん落ちてしまう人生を節目ごとに引き上げて来ている事がわかります。落ち込んだ時が、逆に発想の転換やアイデア集積のチャンスになるのです。このメンテナンスが、結構人生を楽しくしているところがあります。私はこれを「人生のノコギリ曲線」と言っています。真に人生はこれで、こういう節目でどういう発想やアイデアの転換をしていくかという事で、面白い生き方が出来るという事なんです(図10)。

 

デザインとか発想というのは、直接皆さんとは関係ない様に思えますが、乱暴な言い方をすれば「生き方をデザインする。」「ライフ・スタイルをデザインする。」「自分自身を素敵にデザインする。」という様に色々な意味で使えると思います。皆さんも生活の中のデザイナーとして素敵な「AUTHORITY」でいて下さい。