複写機器の表現媒体としての可能性―COPY-ART①

108月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS COPY-ART

 

「手シリーズ」…手をコピーした紙にハサミを突き刺した。 個展(池袋西武百貨店)、第52回ビジネスショー(晴海国際見本市会場)、神奈川国際版画フェスティバル等に出品

複写芸術という言葉の定着をモチベーションにして、近年特にその開発の加速性をみせるハードのひとつである複写機器を選び、作品制作を続けてきた。

複写機器は、まさに手軽な情報量産システムである。それもプラロイド的時間をもって複製、放出されることは、ひとつの驚異ではないだろうか。その特質を柔軟性を持って取り入れることにより、研究から制作への手段へと移動させていくことが目的でもあった。

百数十年前、写真は一端の光学でしかなく、情報手段の一部であったが、現在までの写真家の多くの試みにより、それは確実にフォトアートとして成長して来た。

同様のことをCOPYに考え、あてはめることは、まったく可能なことである。

そこでまず、フォトとコピーの明確な違いを述べておかなければならない。

まず大きな相違に被写体がある。詳しくは被写体の立場の差異と述べるべきかもしれない。写真の被写体は、風景を考えた場合、システムとなる写真機を当然被写体である風景の各々の位置に持っていくことで、被写体として決定する。もちろん風景中に、移動可能な人物等の被写体の要素が入ってくると、被写体の立場は多少複雑になってくる。

次に複写機の被写体を考えてみると、現在一般に普及している事務用複写機は大きく、重量があることを忘れてはならない。(近年かなり型体がコンパクトになって来たが、それも限度がある)したがって被写体へ複写機を手軽に移動することは困難であるから、被写体の複写機への移動が重要となってくる。

また、複写機は殆どの場合、被写体を撮影台であるガラス面上にのせて複写する方法をとっている為、ガラス面にのせられるサイズや重さが制限されることとなる。加えて「置く」という物理的状況や条件を与えられる為に、被写体の範囲はかなり狭められる。

 

「MOVING COPY」…複写機の光源の移動に合わせて手を動かした。

本来殆ど純粋な事務機器として利用されて来た複写機の概念破壊と同時にその利用内容の拡大に、現在までのCOPY-ARTに関する諸作業の大きな意味があったことを大前提として述べておく。デザイン、イラストレーションワーク等の小作業として利用度を拡大することに意味があり、COPY-ARTもあくまで表現手段のひとつに過ぎない訳であるが、「COPYする事」自身が目的と考えていく場面もあると考えられる。

複写機に「書類」という2次元物以外の半立体(レリーフ)や複写可能な立体を被写体として与えることにより、複写の意外性と、写真表現等とは違った質感等の発見があった。具体的材料として、それは手や顔であり、身近なモチーフを対象とした。作業方法としては、

①何を複写するか
②いかに複写するか

の被写作業の2要点に

③どうレイアウティングするか

を加えた3要点が、今までの研究作業に重要であることも忘れてはならない。

マス・コミュニケーションが、印刷技術を媒体に、様々な情報を流出、移動、混乱させたように、その特色をCOPY-ARTへ利用することにより、芸術の情報化のひとつとしての存在を狙う。つまり複写機が情報の流出、移動、混乱を興す素質を充分持っていると判断したからである。しかし現段階で使用している「情報芸術」という言葉は、COPY-ARTを説明するには充分なものとはいえない。従って今後の研究範囲の拡大を予想しての保留用語としておく。

では「芸術の情報化」についてであるが、芸術的内容をダイレクトに紹介するのと同様のインパクトを情報だけで移動させることは、より一層増加するのではないだろうか。

現在情報空間に無秩序に情報をばらまく事は多くなされているが、それには意味がないと思われる。そこでメディアを2つに分別することとなる。

①情報発散者から情報受取者への規則的で一方的な移動
②情報の送り手と受け手が御互いにフォロー出来る。(インタラクティブ)

これら①、②のコーディネーションによる情報芸術が可能ではないだろうか。