アートはクリエイティブじゃない?(大学教員時代の忙しい日々12)

258月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS DRAWING ESSAY

 

●9月24〜25日 講師陣勉強会

ボクが非常勤講師を務めるTCAで、アメリカのデザイナー、モナハン氏を招いた講師陣の勉強会に参加した。新しい提案や意見を聞く中で、「人は誰でもクリエイティブなものを持っている」と言う。そして彼は、世の中にあるクリエイティブなものの順番付けをして見せた。

一番にアートがくると思うだろ?とんでもない。モナハン氏のランキングはこうだ。1.ランゲージ 2.サイエンス 3.アスレチック 4.クッキング 5.フィロソフィー 6.ミュージック

アートなんてはるか圏外だ。つまり彼のクリエイティブの定義は「世の中を変えたもの」だった。まさに言葉ほど世の中を変えたものはない。とんでもなくクリエイティブではないか。

クリエーター面していたボクは一気に打ち砕かれた。

「世の中を変える」「体制を変える」そのことを忘れたクリエーターのなんと多いことか。そのことから言うと、真のクリエーターは、自らをクリエーターと言えるようなところにはいない。第三者が決めることだ。

これはアーティストという言葉しかり。以前、ある人の名刺にアーティストと書いてあるのを見て吐き気がした。アーティストは職業でも肩書きでもない。アーティストかどうかは他人が決めること。これがボクの持論だ。

 

●10月1日 大病院にて

もう20年、ボクは耳鳴りに悩まされている。日中は喧騒にまみれて気にならないが、就寝前、静かになると「今日も一日鳴っていたのか」と実感する毎日。幸いなことに不眠症にはならないが、最近、音が大きくなってきた気がして病院へ通っていた。

それで大病院のお約束。2時間半待ちの3分治療。診断が的確であれば3分でも構わない。ところが診断や治療なんて言えるようなもんじゃない。ボクは訴えたいことがさんざんあったわけ、生活の様子や気分や…。全部聞き流されて「来週またきてください」。じゃあ今日は何だったんだ。

「地元の医者」が減っている。患者のライフスタイルからバックグラウンドまで目利きできる医者が減っているということだ。大型スーパーと同じ。日本は何もかも大型化し、それによる弊害が至るところで噴出している。

大きな病院の正しい利用の仕方。とにかく倒れて救急車で運ばれること。これしかない。

 

●10月2日 後期の授業スタート

大学の夏休みが終わった。学生たちは意外にも「学校へ行きたくてしようがなかった」「大学が始まってうれしい」と言っている。どうやら2か月間の休みを持て余していたようだが、これは自分にも言えることだ。

普段、大学に多くの時間を取られて、やりくりしながらデザインの仕事をしている。夏休みは授業や会議もないから思いっきりデザインの仕事ができるかと言うと、なぜかできない。逆に調子が崩れてしまった。

仕事は時間が足りないくらいのほうがよっぽどできるものなんだ。

 

●10月3日 課題提出日

夏休み、我々の頃は課題以上のことをした。アーティストぶってパフォーマンスやアートを楽しんだ。そんなことは今の子たちはまったくしない。課題ですら(今朝、完成したばかりか)湯気が立っている。

そんな彼女たちは口を揃えて言う。「夢はデザイナー」「アーティストになりたい」

純粋でわかりやすいが、実に現実的な話だ。それは「夢」ではなくて「目標」だよ。「夢」と「目標」を取り違えている。だって「夢」というのは、現時点ではとうてい届かないところに設定しているものだろ?

彼女たちは「自分の夢」とやらを話し終わると途端に普通の女子大生に戻ってしまう。そして大学以外ではデザイナー指向は持ち合わせない。美術館にも行かない、美術書も見ない。目まぐるしくスイッチを切り替えながら彼女たちは生きている。

 

●10月8日 研究室にて

「先生、これから(就職の)面接に行ってきます」 普段、キャピキャピな格好をしている学生が紺のブレザー姿で目の前に立っている。これを見ると、すでにだまされている自分が悲しい。

彼女たちのスイッチスピードは想像を絶する。この切り替えはボクらの時代にはなかった。ボクらの時代は、就職のために長髪を切ることは踏ん切りをつけるための儀式だった。相当の覚悟を持っての言い訳だった。彼女たちの中には言い訳を排除した見事な切り替え能力がある。

彼女たちは、高校から大学への転換をもきちっとわきまえている気がする。頭痛をもよおす言語表現はルーズソックスに通じる。ボクの教え子である彼女たちは、半年前までルーズソックスをはいていた。ルーズソックスを思い出とパロディに包み込んで笑い飛ばしている彼女たちがいる。

 

●10月27日 アートフェスティバル

つまり学園祭。各専攻の作品の展示、研究発表など、日頃の成果を見せる…、ことになっている。

普通の大学の学園祭なら学生にすべてお任せで、先生は休み同然なのだけれど、ところが、さすがは女子大。展示の設営、大工仕事、企画までを手伝う、というよりは、ほとんど一切を学生に代わって若手の教員がやる。この1週間は地獄の日々だった。ほっとけば学生たちは何とかするのだろうけど、あの金槌の持ち方は見ていられない。

ところが妙なことに、こんな時に男を上げることになる。ボクのデザイナーとしての仕事に興味を持つより、角材を手際よく切り分ける姿に憧れる彼女たち。

最終日、すべてが終わって実行委員長が挨拶で泣く。「いろいろあったけど、こんなに頑張れましたぁ」その言葉を背に、黒子に徹した我々は『スパイ大作戦』のメンバーのごとく姿を消すのであった。

 

●10月29日 東京都美術館へ

デザインの仕事の打ち合わせの前、時間があったので東京都美術館へ公募展を見に行った。どの作品も見事なくらいの技術と造形色彩感覚にあふれている。こんなに素晴らしいのに2段掛け、3段掛けで展示されている姿を見るにつけ、ゆっくり見る時間がなかったというよりは、いたたまれなくなって、何百展という作品を走り抜けた。

 

●11月某日 町中にて

「オニムカァ〜」「チョベリバァ〜」街を歩いていてこのテの言葉を耳にするたびに頭が痛かった。尻上がりの発音しかり。最近では、人前でしゃべることを仕事にしている人間までが尻上がりで話す。どうなってんだ?

 

●11月14日 実習室にて

大学の実習室に行ったところ、偶然、学生たちが集まって悩み事を話し合っていた。恋愛、就職、人生などなど、小1時間相談を受けたが、予想に反して軽い感じはしなかった。尻上がり表現どころか、5人の女の子たちの言葉はおよそババ臭かった。ボクは思わず言った。「今時っぽくないね」

学生「先生、当たり前でしょ。本当に大事なことを話すときオトナも子供も変わりないんじゃない」

ボク「だって、いつも尻上がりジャン」

学生「それは日常にごく表面的なリズムをつけているだけ」

びっくりした。彼女たちを侮り、誤解していた自分が恥ずかしかった。ボクの頭が痛くなるような言葉や発音は、パブリックな場面での照れと自己主張から出てくる表現であって、けっして自然に使っているわけではないということだ。

この後、気づいたことに、彼女たちは日常生活の会話の中で、我々も使わないような古い言葉を絶妙にミックスしている。「いみじくも」「恐れ多くも」「やぶさかでない」などなど。これは感動だった。

タレントの真似をしているわけでもないみたいだ。彼女たちが日常どういう手段でこういう言葉をキャッチしているのかわからないけれども、メディア以外の何かで、こういう言葉に対する共感や好奇心をあおられているような気がする。

情報の選択が難しい世の中で、彼女たちに微かな希望を覚える瞬間がある。