レスキュー大活躍(大学教員時代の忙しい日々11)

258月 - による mijomijo - 0 - ESSAY

 

カラープラスチィック粘土による立体図形(不要のタイプライターを直接粘土で包む)

●8月8日 体調不良でT大学病院へ

体の調子が悪くて、大森にあるT大学病院に行く途中、駅前でおじさんが倒れていた。実はボクは高校時代に日赤の救急員の資格を取っている。今までもこれがこれがけっこう役に立っていて、貧血や怪我で倒れている人を何度か助けたことがある。ボタンやベルトを緩めて、楽にして、脈を診たところ正常だ。救急車を呼んでその人を乗せた。

やれやれで病院に行ったら、その人が同じ病院にいるではないか。なんだ、一緒に救急車に乗って行けば良かった。

 

●8月12日 今度はおばちゃん

絵のモデルになってくれる人に会いに隣駅の辻堂に行ったら、おばちゃんが駅前の商店街で、自転車横倒しで頭から血を流して倒れているではないか。人だかりはしているけど、全員どうしていいかわからないようすだったので、またまた応急処置をした。

頭を心臓より高くするために「何か頭に敷く物を」、「どなたか救急車を」というボクの要求に、周りの人たちが応えてくれた。きれいなハンカチも犠牲にして差し出す人もいた。

「関わると面倒なことになるかも」という見て見ぬふりの世の中で、こちらからアクションしてあげれば、日本人は捨てたもんじゃないと思った。このへんに日本の震災の援助へのヒントがあるような気がする。みんなが動けるように導いてやること。そのためには基本的な対処や指示のできる人がもっと増えないといけないのだろう。

 

●8月30日 最後の夏のビーチ

夏もいよいよ終わり。いつものプライベートビーチへ。134号線の混雑も少なくなってきたけど、それでも土日に走るのは馬鹿か田舎者。(東京からも来るから田舎者とは言わないか?)その証拠に休日には湘南ナンバーはほとんど見かけない。ビーチにも静かな季節が訪れた。

レスキューが最後の片づけをしていた。ボクも大学時代、救急員の資格を活かして、夏になると江ノ島の海水浴場でレスキューのアルバイトをしていた。ソーセージのような浮輪を持って走り回るやつ。あれはモテる。ただし、小さな水着でお尻の割れ目を2センチは出さないといけない。ある日、溺れているところを助け上げたのは16歳の少女。たぶん彼女にとってファーストキッスであったろう、唇をマウス・ツー・マウスで奪ったのは私。その数日後、私の唇を奪ったのは58歳のオバサンだった。

そんなことを思い出した。