周囲の価値観から自分を解放して、行動する。女性に必要なのは、その勇気を持つことだ

288月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS CASHEW ESSAY

 

「ESTUDIO」(部分)…人工漆、金・銀箔、ガラスビーズ他、キャンバス 300×300(2008)

とりあえず、ひとりでグラフィック・デザインの仕事を始め、そのかたわらで、美大教員の椅子を探した。

「学者になるのも、ぼくの夢だったから、必死で就職活動しましたよ。でも、大学院も出てないし、つてもない。だから、全国に70校ある美術系の大学に、片っぱしから電話をかけまくって、自分を売り込んだんです。そんな方法で大学に就職するやつなんていないから、ほとんどの学校からは、冷たくあしらわれたんだけど、3校だけ、会ってくれる学校があって、そのうちのひとつが、ある女子大だったんです」

電話帳と700円で、勝ち得た大学教員の椅子だった。

だが、大学教員になったからといって、象牙の塔に籠るのは、性に合わない。週半分は、グラフィック・デザインの仕事をこなす。学校はデザインの仕事のための、デザインの仕事は、学校での教育のためのフィールド・ワークになって、回転する、そんな生活が始まった。助教授になった後も、自他ともに認める、学校で「もっとも先生らしくない先生」であることは、変わらない。

「日本って上下関係の世の中だから、何の実績もないぼくは、最初はどこに行っても邪険にされたし、陰口もたたかれた。でも、挫けないできたおかげで、今のぼくが存在してるんだと思う」

彼にとっては、中米で経験した生命の危険にあたるのが、日本では「自己」の確立の危険だったのだ。

普通にしていれば、豊かに暮らせる日本では、誰も社会の偏見というリスクを背負ってまで、オリジナルの夢を追おうとしない。特に女の子はそうだ。

そして、この国では、そんなことを意識しない多くの人にとって、女の子に自己がないことは、自然なことにさえなっている、とおーくんはいう。

「NINA」(部分)…人工漆、金・銀・銅箔、ガラスビーズ他、キャンバス 300x300mm(2008)

「『私、今しかないの』っていって焦ってる女の子が多いですね。若い肉体を持ったピチピチの自分にしか、商品価値がないって思い込んでるからなんですね。自分の価値を、メディアの作り出した、表層的な価値基準の中に限定している。要するに、他己評価しかないってことなんです。今井美樹になりたいっていうのとかも、そうです。そういう人は、だましやすいから、ローマで、外国人にレイプされちゃうような人まで、出てくるわけです。

完成品の男ばかり追い求めていて、口では、男に尽くしたいといってる子も多い。この場合は、自分に自己がない分、男の自己に依存しようとしてるに過ぎない。要するに、与えられることばかり望んで、自分では、何も生み出せないということなんですよ。

そして、自分の中で何か一番大事かって基準がないから、あっちもいいけど、こっちもいいってことになる。ひとりの男が成長するのを、待とうとはしない。でも、見栄えのいい相手は誰にでもは行き渡らないから、どこかで諦めていたり、『今しかない』という焦りが生まれる」

そしてまた、彼は、無意識のうちに、他己評価を、自己評価と思い込む、そういう女性が多いという。

「3高(高収入・高学歴・高身長)というのは、他己評価の最たるものですね。最近、婚約したという教え子と話したんですけど、彼はどんな人なのか、と聞くと、どこの会社に勤めてるとか、収入はどれぐらいだとか、どんな車に乗ってるとか、そんなことは話せるんだけど、どんな人物で、どんな夢を持った人なのか、と聞くと、言葉に窮してしまうんですよ」

さらに、自己がないことは、職業選択にも表れる。

「もちろん、夢を持って働いている女性はいる。特に、クリエイティブな仕事をしている女性では、ぼくも何人か知っている。しかし、まだ就職は腰掛け的な女性が多数はですし、そういう子に限って、肩書きという他己評価を欲しがるんですよ」

基本がなければ、その上にどんなに飾りをつけてみても、年をとればゼロに戻る。だから、そんな今の女の子は「はかない花」だ、と彼は結論づける。

では、どうすれば自己を獲得することができるのか。

「簡単なことなんですよ。自分のコンプレックスを数えればいいんです。多ければ多いほどいい、自己を獲得しやすいと思うんです。

自分のコンプレックスから目をそらさないで、それが、他人からどう見られるのかを気にして、欠点だと思い込んでいるものなのか、本当に人間として欠点なのか、ちゃんと見つめるんです。これが、客観視です。

そして、ありのままの自分を素直に認めたとき、自分らしさが発見でき(自己評価)、コンプレックスが克服され、オリジナルの夢も見つかるんです」

誰でも、自分のコンプレックスからは、目をそらしたい。しかし、あえて見つめる機会を作るべきだし、そのチャンスは、人生の節目節目に巡ってくる、というのが彼のセオリーだ。

「つまり、屈辱を経験する、ということが、自分を見つめるためには、一番いい機会なんです。

ぼくは、就職を控えた学生には、自分の経験から、電話帳1冊と、700円あれば、職なんて見つかるんだぞ、とゲキを飛ばすんですよ。門前払いされる屈辱感を、あえて味わってほしいと思うから。女だから…、といって逃げていては、自己は育たない。

恋愛だって、損得勘定で傷つくことを避けてはいけない。失恋も、科学でいえば実験結果のようなものなんだし、うさばらしして逃避せずに、じっとひとりで苦闘したほうがいいですよ。

恋愛は、男とイニシアチブを取り合うゲームじゃない。最初は不完全でも、時間をかけてひとつの関係を築こうとするものなんですから」

「自己」を得るために、自分を客観視する。言葉にすると簡単だけど、死んでいく「自我」の抵抗は、大きい。自分を客観視するということは、屈辱を味わったり、偏見にさらされるという、リスクをすすんで負うことでもある。だから、多くの女性は、それを避けようとする。

だが、不可能なことではない、と思っているからこそ、彼は苦言を呈する。