デザインのエレメントと素材④

49月 - による mijomijo - 0 - ART WORKS PRODUCT

 

カートンファニチュア(制作・商品化:プレステージジャパン、西武百貨店(1994))…再生段ボールによるシューズボックス。靴箱がそのまま引き出しになる。

様々なデザイン、特にプロダクト系のデザインにおいては、使い勝手の良さは使い込む期間や頻度に比例する事である。これは、建築物であろうと車や家庭用品であろうと同じことが言える。

製品化されたデザインは、使い始めのいわゆる新品の頃は、1つの傷や汚れも見逃せず、ある意味ではかなり使い勝手が悪い。ところが、数カ月あるいは数年使い込み、傷や汚れが増えてくると、汚れを落とし傷を取る楽しみも逆に増え、つまりそのデザインを純粋に道具として気楽に使えるようになる。この事は人間と素材との関係を考えていく上で、重要な着目点となる筈である。

日常、物を創っていて思うことは、要は素材が未熟な程、使う側の工夫とか、創造力とかテクニックが必要になる。素材のすごさより、それを使う人間のすごさや迫力の方が直接見えるからである。ところが、コンピュータの場合、簡単に言うと道具の方がやれる事が多すぎる。言い換えれば、便利すぎる訳である。そしてコンピュータの素材中の素材であるソフトが良ければ良いほど、マニュアル化されてくる事になる。それは素材上での創意工夫とは、遙かに懸け離れる。マニュアルのもとに作れば、それは当然作家の個性ではなくて、マニュアル化された作品となってしまう。ここに、素材の特質であろうテクスチュアに弱いデジタル表現の問題点が浮かび上がってくる。

 

東名高速足柄インターチェンジサービスエリアのディスプレイ(日本道路公団、1997年2月)…プラスティック粘土による立体イラストレーションを25点展示

我々は素材一般にひとつの先入観を持つ。石材は叩くか削るかして形を出していくと考えるし、粘土材は当然練りながら形を整える事が中心であろうし、布は切って、糸で繋ぐ方法を取る。木は組み合わせるか、切るか削るかという技法が中心になる。

1997年4月に、スペインの造形作家アントニオ・ロペスの仕事を紹介する番組の編集作業に、アートアドバイザリースタッフとして加わった。アントニオ・ロペスは平面・立体など、その表現形態や素材に囚われない自由な創作で著名なアーティストであるが、その観察力や素材アイデアについては卓越したものがある。その事を大前提にして彼の制作風景のVTRを長時間観たが、それでも自分自身から素材への先入観が抜けていなかった事を思い知らされた。

プラスティック粘土による立体イラストレーション(ギンザ・グラフィック・ギャラリー、1989年6月)

彼の制作する人体の木彫は独特のプロポーションもさる事ながら、従来の木彫には見られない不思議な質感が、VTRの画面からでも伝わってくる。木彫にしては妙な肌合いとザラつき感に違和感を持った。プロデューサーによると、これは木片からの彫刻ではなく、木の粉末を粘土にして制作したものだと言う。つまり木彫ではなく木塑とでも言うべきか。この着眼点には大変興味をそそられる。この発想は建築用材などにも用いられている。例えば、細かな木材チップを接着剤でつき固めた再生木材のMDFなどである。

以上のように本来の素材をその先入観と共に一度スクラップし、ある媒体を通してビルドする面白さは、素材への新しい可能性を更に広げる事になるだろう。

 

プラスティック粘土による立体イラストレーション(ギンザ・グラフィック・ギャラリー、1989年6月)

世の中には情報が溢れるばかりで、それもかなりクオリティの高い情報が多い。そうすると、いかに自分らしく個性をつくるかという事は選択でしかない。つまり、いかに周りの情報に流されないか、それを捨てられるか。言い換えれば、それは禁欲だと思う。テクノロジーの誘惑をいかに断ち切って禁欲的にモノをつくるか。難しいが、これが出来る事により各人の個性が出ると思う。この情報は、いわゆる素材であり道具であり技術である。

今後も素材はその開発の透き間を狙ってどんどん掲示される事になると考えられるが、デザイナーである我々にとって、現在までの体験の中での基本素材とのバランスを考えながら、素材体験をしていく事と、逆に「体験しない」体験、習慣を身につけていく必要があると思う。